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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)1727号 判決 1991年3月26日

原告

鄭静子

被告

富士交通株式会社

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金九六万二二〇六円及びこれに対する昭和六三年八月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の、その一を被告らの、各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

以下、「被告富士交通株式会社」を「被告会社」と、「被告盛好弘」を「被告盛」と、各略称する。

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金八八七万五九〇九円及びこれに対する昭和六三年八月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車の開扉に衝突した原動機付自転車の運転者が、右衝突により負傷したとして、右普通乗用自動車の保有者に対し自賠法三条に基づき、右車両の運転者に対し民法七〇九条に基づき、損害賠償の請求をした事件である。

一  争いのない事実

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)の発生。

2  被告らの本件責任原因(被告会社につき自賠法三条、被告盛につき民法七〇九条。)の存在。

3  被告が右事故により受傷し、次の入通院した事実。

須磨赤十字病院 昭和六三年八月一九日から同月二九日まで入院。(一一日間)

その後同年一〇月二五日まで通院。

公文病院 昭和六三年一〇月二六日から平成元年六月三〇日まで通院。

4  損害の填補中被告会社が本件事故後原告に対して合計金一六三万二九六〇円(治療費金五三万二九六〇円、休業損害名義金一一〇万円。)を支払つた事実。

二  争点

1  原告の本件受傷の具体的内容及び本件事故と相当因果関係に立つ治療期間。

2  原告の本件損害額。(弁護士費用を含む。)

3  過失相殺の成否。

被告らの主張の要旨は、次のとおりである。

原告は、本件事故直前停止中の被告車(タクシー)の左側方を通過しようとしたのであるが、その場合、右車両が乗客を降ろすために左ドアーを開扉することがあるから、原告としては、これを考慮にいれて通行すべきであつた。しかも、本件では、被告車の停車位置と歩道間には距離的余裕があつたから、原告としては、右車両が開扉してもこれを避けて通過できることが可能であつた。

それにもかかわらず、原告は、右注意を怠り、漫然原告車を進行させた過失により右事故を惹起した。

4  損害の填補のうち被告会社が原告に対して支払つた通院交通費(須磨赤十字病院分)金九万二〇五〇円の存否。

第三争点に対する判断

一1  原告の本件受傷の具体的内容

証拠(甲三、乙四ないし六、原告本人。)によれば、原告は、本件事故により、頸推捻挫・腰部捻挫・腰部左膝部打撲の傷害を受けたことが認められる。

2  原告の治療期間中本件事故と相当因果関係に立つ治療期間

(一) 証拠(甲五、乙五ないし七、一〇、原告本人。)によれば、原告が、次の治療機関において、次の期間、治療を受けたことが認められる。

須磨赤十字病院 昭和六三年八月一九日から同月二九日まで入院。(一一日間)

同年九月一日から同年一〇月二五日まで通院。(実治療日数四四日)

公文病院 昭和六三年一〇月二六日から平成元年六月三〇日まで通院。(実治療日数一六七日)(ただし、須磨赤十字病院への入院期間・公文病院への通院期間は、前記のとおり当事者間に争いがない。しかし、後記認定説示の便宜上、ここに掲記する。)

(二)(1) しかしながら、一方、証拠(乙七、一〇中の各一部、一一、原告本人中の一部。)によれば、原告が須磨赤十字病院に通院した右認定の期間中、同人において、担当医師の診断をうけたのは、九日、その最終は昭和六三年一〇月一九日であること、その他の通院日における治療は、医師の診断を伴わない、頸推牽引と温熱治療のみであつたこと、右病院における整形外科担当医師山下仁司が、同年一〇月一二日頃、原告の本件受傷が症状固定して来たものと判断して、同人に対して、就労を勧めていること、原告が同人の希望により同年一〇月二五日付で同病院を退院し同月二六日から公文病院へ通院したことは、右認定のとおりであるが、右医師山下仁司が公文病院整形外科担当医師に宛てた紹介状には、原告の昭和六三年一〇月二四日現在の症状は神経学的にみて特に異常なく、頸部のだるさ・左外側広筋部の疼痛の訴えがあり、理学療法を続けている(そろそろ就労を勧めていた)旨記載されていること、公文病院担当医師も、昭和六三年一一月一五日頃、原告に対して、就労を勧めていること、原告の右病院における治療の大部分は、牽引療法・理学療法であつたこと、即ち、担当医師の原告に対する診察は、原告が右病院において治療を開始した右一〇月二六日の診察を初回とし、その後同年一一月二日までなく、その後同月一五日に三回目の診断をしていること、右担当医師がその頃右診察の結果に基づいて原告に就労を勧めていること、が認められる。

(2) 右認定各事実に照らすと、右(一)において認定した原告の治療期間の全部が本件事故と相当因果関係に立つとは認め難く、むしろ、右認定各事実を総合すれば、原告の右認定治療期間中右事故と相当因果関係に立つ治療期間(以下、本件治療期間という。)は、本件受傷日である昭和六三年八月一九日から同年一一月一六日までの九〇日と認めるのが相当である。

3  後遺障害の存否

証拠(甲五、原告本人。)によれば、原告には、現在、X線検査により第三―第四・第二―第三頸椎間に不安定性が認められ、頸椎のアライメントの不整があり、頸部運動制限(頸椎部 前屈二五度・後屈三〇度・右屈三〇度・左屈三〇度・右旋回四五度・左旋回四五度)が存在し、そのため、同人に頭痛・頸部項部痛・肩胛部放散痛等が発現していることが認められる。

右認定事実と原告の本件治療期間に関する前記認定を総合すると、原告の本件受傷は、昭和六三年一一月一六日症状固定し、障害等級一四級一〇号該当の後遺障害が残存したと認めるのが相当である。

なお、証人川本明、原告本人の各供述によれば、原告が本訴提起前本件後遺障害につき所謂事前認定手続を採つたところ、担当調査事務所より非該当の認定を受けたことが認められる。

しかしながら、当裁判所が、本訴において、原告の本件後遺障害の存否・その程度を認定するにつき、右事前認定手続の右認定結果に拘束される法的根拠は存在しないし、加えて、本訴において、被告らは、右後遺障害の存在・その程度につき、これを妨げるべき事由の存在を特に主張・立証しないから、右事前認定手続における右認定結果の存在は、原告の本件後遺障害に関する右認定説示を何ら妨げるものでない。

二  原告の本件損害

1  治療費 金五三万五五七三円

原告の本件治療期間が昭和六三年八月一九日から同年一一月一六日までの九〇日であることは、前記認定のとおりであるところ、証拠(甲六の一、二。)によれば。同人の右治療期間内における治療費の合計は金五三万五五七三円であることが認められる。

2  入院雑費 金一万二〇〇〇円

原告の本件治療期間中入院期間一一日間につき、一日当たり金一二〇〇円の割合。

ただし、同人が本訴で主張する金一万二〇〇〇円の限度で、これを肯認。

3  付添看護費

原告は、同人の右入院期間一一日間同人の子が付添看護に当たつたとしてそれに要した費用を本訴損害として請求している。

確かに、証拠(乙一〇)には、原告の入院に際し安静という記載がある。

しかしながら、他の証拠(甲四、乙五。)によれば、須磨赤十字病院が原告の右入院期間中同人もしくはその家族に付添看護の必要性を告げこれを求めた形跡がないこと、原告の右入院当日(昭和六三年八月一九日)における症状、これに対する看護処置からしても右病院側の看護で足りていることが認められ、右認定各事実に照らしても、本件において、原告の主張にかかる親族の付添看護の必要は、これを肯認し難い。

よつて、原告の右主張は、右認定説示の点で既に理由がない。

4  通院交通費 金二万八一六〇円

(一) 原告の本件治療期間中同人の通院期間が昭和六三年九月一日から同年一一月一六日までの七七日間であること、同人の須磨赤十字病院における実治療日数が四四日であることは、前記認定のとおりである。

(二)(1) 右認定各事実に基づき、原告が須磨赤十字病院への通院に要した通院交通費を検討する。

なお、原告が公文病院への通院を徒歩で行つたことは、同人の自認するところであるから、右治療期間中右病院への通院交通費は問題にならない。

(2) 証拠(乙五、一一、証人川本明。)によれば、原告の右通院開始時の症状は、頸部の運動痛・起床時の頭痛・左膝痛であつたこと、しかしながら、歩行にはさして困難さがなかつたことが認められ、右認定事実に基づくと、同人の通院交通費中本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)として、通院交通費は、公共交通機関利用の費用で足りると認めるのが相当である。

そして、証拠(原告本人)によれば、右交通費は一日往復金六四〇円であることが認められる。

(3) 右認定各事実に基づき、原告の本件通院交通費を算定すると、その合計は金二万八一六〇円となる。

5  休業損害 金六七万八九六〇円

(一) 原告の本件治療期間が九〇日であることは、前記認定のとおりである。

(二)(1) 証拠(甲八の一ないし三、九、証人川本明、原告本人。)によれば、次の各事実が認められる。

(a) 原告は、本件事故当時、山本ミシンという屋号で靴の縫製業を営んでいたところ、従業員六名〔ただし、縫製(材料のミシン掛け)の下請け。右従業員の内三名が原告の仕事場で就労し、他の三名は家庭内職。〕を使用し、原告自身も、縫製・製品配達の各業務に従事していた。

(b) 原告は、本件治療期間中右肉体的業務に従事することができなかつたが、山本ミシンの営業自体は、運営されていた。

(三) ところで、本件のように企業主が身体を侵害されたため企業に従事することができなかつたことによつて生じる財産上の損害額は、原則として企業収益中に占める企業主の労務その他企業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合によつて算定すべきであると解される。

これを本件についてみるに、原告の本件事故当時における山本ミシンの利益中に占める原告の個人的寄与に基づく収益の割合は、本件全証拠によるも、これを認めるに至らない。(原告本人の供述によつても、これを認めるに至らない。)

なるほど、原告が本件事故によつて受傷する前の山本ミシンの収益と右受傷後における山本ミシンの収益とを比較すれば、同人の右説示にかかる個人的寄与率が推認できるかも知れない。

しかしながら、本件においては、右両収益を確定し得る的確な証拠がない。蓋し、右事実を裏付ける証拠(甲八の一ないし三、九、一〇、原告本人。)は、その記載内容の数字が相互に齟齬しているし、原告自身最も取引高の大きいアダルト平田の経営者の氏名すら知らず、いずれもにわかに信用することができないからである。

(四)(1) ただ、原告が本件事故当時就労していたことは右認定のとおりであるから、少なくとも、同人には同人個人の労務に対し通常支払われるであろう賃金相当の収入はあつたと認めるのが相当である。

しかし、本件においては、右収入の具体的額を認めるに足りる証拠はない。

(2) かかる場合には、昭和六三年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・産業計・学歴計・女子労働者年齢別平均年収額によらざるを得ないところ、証拠(甲一、乙三。)によれば、原告は女性であるが、本件事故当時四二歳(昭和二一年二月一五日生)であつたことが認められるから、右資料(四二歳該当)によると、原告の本件事故当時における平均年収額は、金二七五万三四〇〇円となる。(その平均日額は金七五四四円。円未満四捨五入。以下同じ。)

(五) 右認定各事実を基礎として、原告の本件休業損害を算定すると、金六七万八九六〇円となる。

6  後遺障害による逸失利益 金一三万一一〇三円

(一) 原告の本件受傷が昭和六三年一一月一六日症状固定し障害等級一四級一〇号該当の後遺障害が残存すること、右後遺障害の内容、同人の本件事故当時の年収が金二七五万三四〇〇円と認められることは、前記認定のとおりである。

(二)(1) 証拠(原告本人)によれば、山本ミシンの現在の収益は、原告が就労していてもなお、同人が本件受傷する以前の収益と比較してその水準に復帰していないことが認められ、右認定事実から、原告は、本件後遺障害によりその労働能力を喪失し、そのため経済的損失、即ち実損を被つていると推認できる。

しかして、同人の右労働能力喪失率は、右認定各事実を主体としこれに所謂労働能力喪失率表を参酌して、五パーセントと認めるのが相当である。

(2) 原告の右労働能力喪失期間は、前記認定にかかる原告の本件受傷の内容程度・治療期間・本件後遺障害内容等から一年と認めるのが相当である。

(三) 右認定説示を基礎として、原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、ホフマン式計算方法にしたがつて算定すると、金一三万一一〇三円となる。(新ホフマン係数は、〇・九五二三。)

275万3400円×0.05×0.9523≒13万1103円

7  慰謝料 金一五〇万円

前記認定の本件全事実関係に基づけば、原告の本件慰謝料は金一五〇万円と認めるのが相当である。

8  原告の本件損害合計額 金二八八万五七九六円

三  過失相殺の成否

1  証拠(乙一ないし三、原告本人。)によれば、次の各事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、十字型交差点の東側入口手前の路上であり、その車道幅員は五・二メートル、右車道に南接して幅員二メートルの歩道が存在する。

なお、右車道は、西行一方交通である。

(二)(1) 被告盛は、本件事故直前、被告車を運転して東方から右交差点に至る道路を右交差点に向け西進し、右交差点東側入口付近に至つた際、前車に続いて信号待ちのため停車した。ところが、右車両の乗客が、右被告に対して、右停車を利用して降車すべく求めたので、右被告は、右車両の後部左側(右車両の進行方向を基準とする。以下同じ。)ドアーを開扉した。

しかして、右車両は、当時、右車両の左外側と右歩道との間隔を二メートル置いて停車していた。

(2) 原告は、本件事故直前、原告車を運転し被告車の後方左側を時速約二五キロメートルで進行し、本件交差点東方付近に至つた。

原告は、その際、自車前方に右交差点東側入口付近で信号待ちをしている三台の車両を認め減速しながら接近したところ、右信号待ち車両の左側が空いていたので、右車両の左側を通過すべく、自車の速度を時速約一五キロメートルに減速し、右信号待ち車両の最後尾車両である被告車の左後部に接近した。

しかして、原告は、右接近に際し、被告車がタクシーであることを認識しながらも右車両の後部ドアーの開扉に注意を払うことなく原告車を進行させ、右車両が被告車の後部に接近した時、突然、被告車の左後部ドアーが開扉し、右車両の左後部ドアーの先端部外側と原告車の右側ハンドルが衝突した。

原告は、右衝突の反動で平衡を崩して右車両ともども路上に転倒し、本件事故が発生した。

(3) 右認定各事実を総合すると、本件事故の発生には、原告の過失、即ち、原告においても、原告車を運転して、信号待ちで停車している被告車(タクシー)の左側と歩道との間の狭い部分を通過しようとしたのであるから、自車前方の安全を十分確認し、しかもできるだけ左側に寄つて進行すべきであつたのにこれを怠つた過失、も寄与しているというのが相当である。

(三) (1)右認定説示に基づくと、原告の右過失は、同人の本件損害額の算定に当たつて斟酌するのが相当であるところ、右斟酌する原告の過失割合は、前記認定の本件事故発生に関する全事実関係から、全体に対して一〇パーセントと認めるのが相当である。

(2) 原告の前記認定にかかる本件損害合計金二八八万五七九六円を右過失割合で所謂過失相殺すると、その後の右損害は金二五九万七二一六円となる。

四  損害の填補

1  原告が本件事故後被告会社から合計金一六三万二九六〇円(治療費金五三万二九六〇円、休業損害名義金一一〇万円。)を受領したことは、前記のとおり当事者間に争いがない。

しかして、証拠(乙一三)によれば、被告会社は、本件事故後、原告に対して、通院交通費として合計金九万二〇五〇円を支払つていることが認められる。

2  右認定から、被告会社の右支払金の合計は金一七二万五〇一〇円となるところ、右支払金は、原告の本件損害に対する填補として同人の右損害金二五九万七二一六円から控除されるべきである。

右控除後の右損害は、金八七万二二〇六円となる。

五  弁護士費用 金九万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、本件損害としての弁護士費用は、金九万円と認めるのが相当である。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和六三年八月一九日午後七時一〇分頃

二 場所 神戸市長田区細田町六丁目一番二四号先路上(信号機の設置された交差点東側入口手前)

三 加害(被告)車 被告会社保有・被告盛運転の普通乗用自動車(タクシー)

三 被害(原告)車 原告運転の原動機付自転車

三 事故の態様 原告が、原告車を運転し、右事故現場において、信号待ちで停車中の被告車の左側を通過しようとしたところ、被告盛が、被告車の左後部ドアーを開扉したため、原告車の前部と被告車の左後部ドアーが衝突し、原告が、原告車ともども路上に転倒した。

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